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広島高等裁判所岡山支部 昭和24年(う)247号 判決

控訴人 被告人 橋本仁志 外二名

弁護人 岡崎耕三

検察官 大町和左吉関与

主文

原判決中被告人等に関する部分を破棄する。

本件を玉野簡易裁判所に差し戻す。

理由

弁護人岡崎耕三の控訴の趣意並びにこれに対する検事の答弁はそれぞれ末尾に添付した控訴趣意書並びに答弁書に記載の通りであつて、これに対し当裁判所は次の如く判断する。

控訴の趣意第一点について、

先づ衣料品配給規則第五條の適用範囲について検討する。

同規則(ここには原判決認定の所為に対する行為時法たる昭和二二年九月一〇日商工省令第二五号及び同年一二月二七日同省令第三五号について検討する。)第三条第一項は無登録者に対し販売の業を禁止しながら、第五条は衣料品の譲渡し、譲受けについては配給割当公文書と引換えになすべきことを規定するのみで行為の主体、行為の態様を限定していないとかろから見ると、一見右第五条はあらゆる譲渡し、譲受け行為に適用あるが如くである。然しながら、同規則が第二条において消費者、小売業者、卸売業者、生産業者の定義を掲げ、第三条第一項が前記の如く無登録者に衣料品の販売業を禁止し、第四条において衣料品流通の順序を限定して譲受けは、消費者は小売業者から、小売業者は卸売業者から、卸売業者は生産業者からなすべく、又譲渡しは生産業者から消費者に至るまで右と反対の順位によるべきことを規定し、第五条は衣料品流通の条件を規定して前記の如く譲渡し、譲受け共に配給割当公文書と引換えになすべきことを要求し、第一三条が卸売業者及び小売業者に対しそれぞれ衣料品と引き換えた小売業者購入割当証明書及び衣料切符(いづれも配給割当公文書)を所轄庁に提出すべきことを命じこれを一基準としてそれぞれ卸売業者購入割当証明書及び小売業者購入割当証明書を発行交付することを規定しているところから同規則の構想を考えれば、同規則は、衣料品流通の機関としては小売業者、卸売業者(いづれも登録を要する)のみを予定しこれ以外の者には頭から販売の業を禁じ衣料品は総て右小売業者、卸売業者を通じかつ一定の順序を経て流通すべく、そしてこの流通には配給割当公文書と引換という条件を附し、以て流通した衣料に相当する配給割当公文書を逆流させて所轄庁に到達させる仕組のもとに物の面とチケットの面と歩調を合せて計画配給を行うという立前をとつていることが明らかである。すなわち、第五条により配給割当公文書と引換えたるべきことを要求される衣料品の譲渡し、譲受けは、小売業者、卸売業者の譲渡し、譲受け、ないし消費者の小売業者からの譲受け生産業者への譲渡しに限るものと解すべく、第三条によつて禁止された無登録者の販売の業における譲渡し、譲受けの如きは、(立法政策としては問題の余地はあろうが)右第五条の予想しないところといわざるを得ない。かく解すべき論拠の一つを同規則の中に求めるならば、第三条第五項と第五条の対比である。すなわち第三条第五項は衣料品販売業の登録に際し所轄庁は制限を附し得ることを定めているが、第五条はこれを承けて衣料品の譲渡し、譲受け共に(配給割当公文書の記載に従うと共に)右第三条第五項によつてなされた制限に従うべきことを要求しているのである。無登録業者にはかかる制限はないのであるから、譲渡し、譲受けが右制限に従うべきことを要求した第五条は、かかる制限を持ち得る譲渡し、譲受け、いいかえれば小売業者、卸売業者のなす譲渡し、譲受け、又は消費者、生産者のその相手方としての譲受け、譲渡しすなわち正常ルートにおける流通行為を対象としているものといわなければならない。

ところで原判決は所論の如き事実認定をしてこれに対し衣料品配給規則第三条、第五条を適用している。その第三条を適用しているところから見れば原審はその認定の事実を無登録で販売の業を行つたものとして認定したものと解するの外なく、然らばこれに対し第三条の外に第五条を適用した原判決は法令の適用を誤つたものというべく、この誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

のみならず、原判決は個々の譲渡し、譲受けを摘記するのみで被告人等が登録を受けないで衣料品の販売の業を行つた事実を認定することなく、これに対したやすく、衣料品配給規則第三条を適用している。(販売の業を行うとは同規則第二条の趣旨からいつて、衣料品を譲受けて、譲渡すことを業として行う意味に解すべく、業として行うとは継続反覆の意思を以て譲渡し、譲受けの行為をなす意味と解すべきである。)従つて原判決は、法令適用の基礎となるべき事実を確定していないことになり刑事訴訟法第三七八条第四号の違法がある。よつて、刑事訴訟法第三九七条に則り原判決を破棄すべく、本件は未だ判決をなすに熟しないから同法第四〇〇条本文に則りこれを原裁判所に差し戻すべきものとする。

(裁判長判事 有地平三 判事 盛麻吉 判事 古原勇雄)

弁護人控訴趣意

第一点法令の適用に誤りがある。

原審判決は罪となるべき事実として「被告人等は孰れも法律上許された事由もなく衣料品販売業の登録を受けず且法定の配給割当公文書と引換えないで夫々指定衣料品である左記衣料を…………各買受け……売渡したのである」と判示し、その法令の適用について臨時物資需給調整法第一条第一項、第四条第一項、衣料品配給規則第三条、第五条……を擬律している。

然し乍ら右は明に法令の適用に誤がある。即ち

(イ) 右衣料品配給規則第五条は適用すべきでなく同規則第三條を適用すれば足るべきものである。

そもそも衣料品の配給は物の面と、チケットの面の両面が平衡を保つてスムースに歩調を合せて統制されてこそ始めて完全理想の計画配給制が実現されるのである。而して同配給規則の立法も右の趣旨のもとに為され第三条に於て頭から無資格、無登録業者の衣料販売を禁止し第四条、第五条以下はすべて右第三条によつて正規の登録業者が譲受譲渡する場合のみを対称とし且つこれを規制する為めに設けられた条文であることは論を俟たないのである。

而して又、原審判決によれば被告人等がいづれも指定登録店でないことは明白であるがこの場合右判決の言うが如く割当公文書の授受が為されたと仮定してその場合授受されたる割当公文書は何処にこれを納めるべきか……恐らくこれらの公文書は最後に於ては破棄するか焚付けにするより外ないのである。万一斯様な結果を招来するとせば前叙の如く衣料の計画配給のねらいはチケットの面から破去られる結果となるのである。

仍て原審判決はその法令の適用について衣料品配給規則第五条を適用したのは明に誤りである。

(ロ) 原審判決は事実を確むることなく慢然法令を適用している。即ち右(イ)の主張が理由なしとしても、凡そ衣料品配給規則に定むるところの割当公文書には二種類あり、各その取引者の業態(卸商か小売商か)によつてその公文書の種類を異にするのである。然るに原審判決は被告人等三名が卸商なりや小売商なりやを確定判示せず漫然右同規則第五条を適用してあるのは明に擬律錯誤の違法がある。

以上の理由よりして原審判決は法令の適用に誤がありその誤は判決に影響を及ぼすことが明白であるので破毀さるべきものである。

第二点刑の量定不当〈省略〉

検事答弁書

論旨第一点について((イ)及(ロ))

(イ) 衣料品配給規則(以下単に規則と称する)を通読し且つ其の規則の制定の趣旨に考え合せると、本規則の適用を受ける衣料品は第一条に於て明示せられる通り法規所定の種類(品種)に属するものは正式ルートにのせられて出たものであろうと否とをとわないものであると解せざるを得ない配給に関する他の諸法規を見るとその指定の品種に属するものでも特に「其の法令に基き流通におかれたもの」を対象とし所謂横流しのものを対象外として居る旨明記されて居るものもありこのような除外規定がないものにあつては法令の制定趣旨に徹して解釈せらるべきものである。本件に於ては前述のように横流し品等(言換えると正式ルート外の流通品)を対象外とする明文もなく又そうだと思える法規制定の趣旨も窺えない。簡単な実例をとると買受人はその買受けるべき目的物は正式ルート外の品物であると思つたから無切符で買受けたと主張するならば相手が正式の商人であつても遺憾ながら取引の実際の現状では右買受人の主張は故ら責を免れんとする弁解に過ぎないと排斥するには容易でなかろう。かくて無切符取引を禁じている即ち計画配給を紊ることを防止しようとする目的の大半は此の譲渡譲受の面で失われてしまうのである。又一面このように凡べて規則指定の品種は規則所定の順序をふみ所定の取引条件を具備しない限りは違反の取引であるとして取締らなければ網の目は大きくなり、一層横流しが流行して正式のルートにのるものは少なくなるのみならず正直な者ほど切符があつて物がない即ち空切符を抱くのみという不都合な結果になるであろう、こんなことを予期しない程無経験なお人好しの立法家(規則立案関係者)があつたと考えられない。

又論旨中横流し品がチケツトと引換えられるとすると其のチケツトが順次回収せられ衣料に関する割当庁が困るのではなかろうかと(或はそこ迄回収される過程に於ての趣旨かも知れないがその場合は一層不都合は考えられない)表現されているが不足勝ちの現品がルートにのせられるのであるから何も困ることはない。一定の割当量相当の切符其の他割当公文書が其の現物と引換えられるのであるから割当公文書に基いて二度と請求されることはないのであつて全く予算外の収入のように有難いことである。若しルート外の物が仮りに沢山出て割当公文書と引換えられ授受せられたとすると計画は百パーセント以上に好成績にいき次年度の計画は余分の現物を加えて更に多くの配給物資を確保し得るであろうし極端に云えば配給制度は極めて円滑にいき遂には統制を外すことも考えられるのであろう。まことに好都合である。要するに少しの不便不都合不合理も考えられないのである。

(ロ) 成程規則には所謂正式業者の種類が定められ登録を受けた業者の取引の相手方が明示限定されているので、一応無登録の業者でも種類を限定しないと引換えに授受すべき割当公文書の種類(論旨では割当公文書は二種と記載されているが規則第六条に明記の通り三種あるので多分趣意書をタイプにとつたものの誤りであろうと解する)を定められぬではないかと論難し得るであろうが、併し割当公文書なしに授受されればそれで違反行為は成立するものであつて如何なる業態でなされたかは必ずしも必要でない。況んや本件は無登録業者の取引であるので規則第四条即ち業態に依つて相手方や割当公文書が異つている規定は適用される余地はない。それは規則では卸売業者小売業者の定義が第二条に記されているので、無登録者が第四条を適用さるべきものではない。

要するに原判決は此の点についても極めて妥当な法の適用というべく何等違法でない。

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